義母の入院
話せば長くなるのだが、10年前に離婚してからも義母からはよくしてもらった。離婚するときに「これを生活の足しにして。」とお金をくれた。子供が大きくなるまでお米もくれていた。別れてからも子供たちを大切にしてくれる義母だった。
けれどここ何年かは、あまり会ってはいなかった。義母の家に行けば当然元夫と鉢合わせする可能性が高くなる。散々迷惑をかけられた身としては、全く会いたくなかったからだ。迷惑かけられたあげく養育費も払わなかった元夫。会えば何事もなかったように接してくる。子供にも同じ。養育費を払うという最低限の父親としての責任すら放棄したのだから、それはどうしても許せなかった。
そんなある日、仕事中の携帯に知らない番号からの着信があった。とりあえず出てみると、病院からだった。義母が入院していて、退院後のリハビリ施設への転院とかについての内容。入院したことは寝耳に水だったが、だいぶ前に離婚した私になんで電話が掛かってきたのか不思議だった。そのことを尋ねると、むかしまだ結婚していた頃、義母が入院したことがあって、その時に書いてあった緊急連絡先の2番目が、長男の嫁の私だったかららしい。看護婦さんには、10年前に離婚しているので、連絡は私じゃなくて、元夫か義妹たちにして欲しいと伝えた。
いくら離婚したとはいえ、入院したのを知ってしまったから義妹に連絡した。80歳過ぎの義母は転んで入院したのだが、元々肺が悪いらしく、強い薬を使っているのでほとんど目を覚まさず寝たきりだそう。元々義妹、義母とも決して仲が悪かったわけではない。離婚するときは義妹から「兄がご迷惑かけてごめんなさい。」と言われたものだ。それでも前述の理由からここ何年かは会ってなかった。彼女には「子供も連れてお見舞いに行くわ。」と伝えた。
一瞬だけ。。。
何日かしてお見舞いに行くと義母が点滴したまま眠っていた。「お義母さん!子供らも来てるよ!しっかりせなあかんよ!!」と声を掛けたとき、一瞬パチっと目を開けた。それは会いたくてしょうがなかった孫たちが来た!と認知したからだろう。けれどそれは一瞬で、目が合うでもなくすぐに目を閉じた。だけど大切でとても会いたかった孫が来てくれた。。。とはっきり理解した不思議な瞬間だった。。。
それからしばらくして、母が亡くなった。
お通夜に行くと、義妹のとこの孫たちからの盛りかごやお花はあったが、うちの子供たちのがなかった。元夫が出しておけばいいものをと思ったが、元夫に「うちの子らからの盛りかごがないとお義母さんがかわいそうやから、今からでも間に合えばお金払うから出してあげて。」と伝えた。それは本当の気持ちだった。次の日お葬式に行くと盛りかごとお花があって、お金は元夫が払ってくれたらしい。
義妹夫妻たち、親戚たち、近所のよくしてくれたおばちゃんたち。懐かしい顔に会った。みんな。「〇〇ちゃん(私のこと)元気やったか?」「お義姉さん、元気やった?」こちらも「ご無沙汰しています。みんな元気でやっています。」と久しぶりの再会だった。会うまではちょっと億劫だったが、ごく普通な感じで過ごした。
元夫は「お通夜だけでいいと思っていたけど、お葬式も来てくれてうれしかったと言った。私は「火葬場まで行ってあげたいんだけど、バス乗れる?」と聞くと、「来てくれるんか?乗れる乗れる。」「それと子供らに何にもしてあげられないんやから、この先お互いに子供の足を引っ張らないでおこう。それだけは約束して。」「〇〇は奨学金も返さなあかんのやから。」と伝えた。元夫は「分かった。」と答えた。
そして出棺の準備をしている数分の間に、バイブにしていた携帯が鳴った。大学病院からだった。
手術日が2ヶ月早くなった話。
「手術のキャンセルが出たので、早まりますが大丈夫ですか?」と。
聞くと予定より2ヶ月も早くに空きが出たとのこと。手術予定の患者さんが怪我をして延期になったそう。しかもその早くなった手術予定日は、なんと義母の誕生日だった。
なんという偶然か。。。ああ、きっとお義母さんが助けてくれたんだな。。。そう感じた。

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